悪玉酸素の悪役ぶり
体内で発生する活性酸素の大部分はスーパーオキシド・ラジカル(H2O2)です。それ自身は特に危険というわけではありません。しかし、遊離鉄や遊離銅が存在すると、ヒドロキシル・ラジカルを発生させます。この方が、よりいっそう活動的であり、したがって、よりいっそう危険です。しかし、この危険なヒドロキシル・ラジカルにさえ有用な機能があるのです。前述の人体の免疫システムに関与して、侵入した外敵を殺す働きをします。問題なのは、時として寝返って、宿主つまり自分の身体そのものを攻撃することがある点です。
日光浴、喫煙、関節炎などの慢性炎症、あるいは過度の運動などによって活性酸素の発生する量が増加する場合、また、栄養不良あるいは消化不良等により抗酸化防御システムがうまく働かない場合などは、活性酸素による害が起こります。これは「酸化ストレス」と呼ばれます。一種の生物学的酸化、あるいは生物学的な「錆」だからです。
軽い運動をした場合のように、この酸化ストレスの程度が比較的軽い場合は、細胞は抗酸化防御機能を強化してこれに対処します。しかし、それが極端になった場合には、細胞は制御不能の死(壊死)にいたります。これら2つのケースの中間の場合は、それでも細胞はじゅうぶんなダメージを受け、細胞の「自殺プログラム」のスイッチがオンになる、いわゆるアポトーシス(プログラムされた細胞の自殺メカニズム)が起こるわけです。その結果として、組織が受けるダメージは壊死とほとんど似たようなものですが、アポトーシスの場合は壊死のように短時間では起こらず、時間が掛かります。従って、死んでしまう前に何とか手を打つ可能性はないわけではないのです。
酸化ストレスが細胞にダメージを与える場合、そのダメージを与える対象はDNA、タンパク質、脂質を含む細胞の主要部分の一部あるいは全体です。活性酸素がDNA塩基を攻撃した場合には、DNAの修復酵素が、被害を受けた塩基を新しい塩基と交換します。DNAの受けた被害の程度を推測することは技術的には可能です。これは尿中に排泄される酸化DNAの量を計ることによっておこなわれます。タバコを吸わない人でさえも、尿中の酸化DNA塩基の量は1000にも達します。喫煙者の場合は、酸化DNAの量は膨大になります。当然、DNAの被害も膨大です。ガンになる確率が高くなるのもうなずけます。
タンパク質が酸化されると、カルボニル蛋白グループを形成します。これらも血液または尿中の量を測定することができます。あるタンパク質が酸化されると、その機能は低下します。場合によっては完全に機能しなくなります。タンパク質は常に破壊と交換を繰り返しており、破壊されたタンパク質は消失して、新しく合成されたタンパク質分子に取って代わられます。
活性酸素によって脂質が攻撃を受けて酸化すると過酸化脂質や老人性脂肪褐色素(リポフスチンまたは単に老化色素と呼ばれる)になります。リポフスチンはあらゆる細胞にいつも一定の速度で蓄積されますので、組織内のその量はその組織の老化の度合いを計る生物学的マーカーになります。蓄積の具合によって組織の状態もわかるわけです。皮膚における脂肪褐色素の沈着はいわゆる「レバースポット」と呼ばれ、見逃されることはまずありません。これはまた、神経細胞に蓄積すると、神経機能の低下が確実に起こり、やがて細胞は死にいたります。人間にはだれにでも、いずれは起こる脳細胞の数の減少は、実はこの脂肪褐色素の蓄積がその要因の1つと考えられています。
一定の条件の下では、この脂肪褐色素の沈着は加速されます。たとえば、ビタミンE不足は、急速な脂肪褐色素の蓄積を招き、リポフスチン沈着症になります。これは体内の不飽和脂肪酸が酸化から守られないから発生するのです。同様に、ビタミンEの不足から、歩行不安定や言語不明瞭などの脳機能不全の症候にもいたります。このようなケースでは、ビタミンEを充分摂取すれば顕著な病状改善をもたらします。このことは、脂肪褐色素は身体の機能が正常でさえあれば、いったん形成された後でも除去が可能であることを示しています。
この事実は、脳生理学で言う「認知強化」研究者の間では、しばらく前から知られている事実です。セントロフェノキン(Centrophenoxine)と呼ばれる薬剤があり、これは脂質に集中して、脂質の酸化を遅らせると同時に脂肪褐色素の沈着を取り除く抗酸化性物質です。これを投与すると、中年から老年の男女に見られる「老人性のしみ」が少なくなります。また、老年ラットにも人間にも、精神機能改善について良い結果をもたらしたと報告されています。ハーブの一種のタイムから抽出したチモールのような、新しく発見された脂肪酸としての抗酸化物質についても同様な効果が報告されています。
一方、このような過酸化脂質には危険性もあります。これらはアテローム性が高く、冠状動脈疾患のリスクがあることも同時に指摘しておきたいと思います。他の組織においては、これらは炎症の原因となり、喘息、関節炎などを引き起こす危険があります。脂溶性の抗酸化物質(例えばビタミンAやE)は体内での脂質の酸化を抑えるのに役に立ちます。
体内のさまざまな脂質の中でも、多価不飽和脂肪酸は酸化され易い物質です。多価不飽和脂肪酸は体細胞の構造と機能に大きな役割を果たします。しかし、いったん酸化してしまうと、身体がそれを再生産する能力は極めて限られています。多価不飽和脂肪酸は、食事としてかあるいは栄養補助食品として、新しく補充する以外にありません。多価不飽和脂肪酸は酸化され易いので、魚油、月見草オイル、などの栄養補助食品はつねに脂溶性の抗酸化物質と組み合わせて摂取する必要があります。組み合わせるべき脂溶性抗酸化物質には、ビタミンA及びビタミンE、ビタミンQ(コエンザイムQ10)、ビタミンK、ベータカロチン、ルテイン(卵黄の黄色素)、リコピン(トマトの赤色素)、ニンニク、ローズマリー、タイム等があります。
自然界では、多価不飽和脂肪酸の多い食品はつねに脂溶性の抗酸化物質を含んでいます。しかし、最近の加工食品では必ずしもそうではありません。精製した多価不飽和脂肪酸、つまり植物油や多価不飽和脂肪酸含有マーガリンなどがそうなのですが、こういった食品を摂り過ぎ、しかも脂溶性抗酸化物質を補うことを怠ると、過酸化脂質によって脂肪褐色素を増やす結果になります。炎症性疾患のリスクがそれだけ増加することになります。最近の喘息の増加と上記した多価不飽和脂肪酸の消費増加との間に因果関係があると指摘する科学者もいます。
クレイトン博士の「英国流医食同源」 ~発ガン性物質があふれる現代を賢く生きる~(翻訳版)の内容を転載しています。
当コンテンツは、現代人の食生活に関する問題や身体を守る抗酸化物質に関する豊富な研究結果を元に、多くの消費者の誤解の本質を解き、健康な食生活の実践を啓蒙している、論文『クレイトン博士の「英国流医食同源」~発ガン性物質があふれる現代を賢く生きる~』の内容を転載しております。